小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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時世の粧い

奥平康弘さんの文章

2015年08月01日

今年、国会に提出された安全保障関連法案が違憲であると疑われて、ほとんどの憲法学者が法案に異を唱えている。そんな中で、「私たちには憲法尊重擁護義務がある。100の学説よりも一つの最高裁判決だ」、さらに、「国民の命と平和な暮らしを守り抜くために、自衛のための必要な措置が何であるかについて考え抜く責務があります。これを行うのは、憲法学者でなく、我々のような政治家なのです」と政治家も発言を重ねている。

この、政治家と学者とで異なっている意見をどう理解したらよいのか。私を始めとして、憲法を専門とせず、政治家ではなく、しかも提出された法案に不安を抱く人間に、指針はないのか。そう考えていたとき、一つの書物に出会った。先ごろ亡くなった憲法学者の奥平康弘さんが書いた、「憲法物語」を紡ぎ続けて、を読み通した。

裁判所か学者か、ということについて、奥平さんは、以下のように記している。長くなるが引用する。

「裁判所は、ある法律が憲法に違反するかどうかという裁判において、どのような基準や論理で、どの部分をつかまえて、これは違憲であるとか違憲でないとかいう司法審査の手法を明確に認識し得ていなかったのです。アメリカの勉強をすればある程度わかるかもしれませんが、急いで判決を出さなければならない裁判で、研究者がやるようなことをやれるはずがない。そうすると、自分たちの既存の知識を使って、まことしやかにと言っては怒られるでしょうが、論理を組み立てるしかない。」

これは、政治家と憲法学者が争っている今ではなくて、14年前の2001年3月に講演されたものを文章化したものである。研究対象をどう深めているかということと裁判所の既存の知識との違いがわかる。政治家と学者の意見に対する賛否はともかく、学問を侮ってはいけないということに改めて思いが及んだ。

先に引用した部分に、アメリカの勉強をすれば、と簡単に書いているが、他の文中には、アメリカ憲法一辺倒、とまで書いていて、アメリカ憲法についても相当な研究をしていたことがうかがい知れる。しかも、憲法について、むずかしいことを誰にもわかるように、やさしく述べている。また、学問としての憲法に近づくための挿話の数々。昔、私は研究することを早々と断念した。その私が述べるのもおこがましいが、読んでいて、もう一度研究をしたくなった。この本は、研究に一生をささげ続けたことがわかる文章で覆われている。