小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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時世の粧い

反復すること

2023年10月22日

目下併読している本の中に、同じようなことが書かれていた。すなわち、四方田犬彦著『いまだ人生を語らず』に、「本を読むことの本当の面白さは、それをいくたびも繰り返し読むところにある」とある。もう一冊、『日本の最終講義』の中にある木田元の講義録に、「…という本は、ずいぶん何回も読んできました。大学院の演習で何年かかけて読んだこともあります」というように、双方反復して読むことに触れている。

これらの言説に複雑な思いに駆られる。というのは、私はこれまで、数冊を除いてほとんど繰り返して読んだことがないからである。木田元は、繰り返すことによって読み方が変わったことを講義の題目にしていて、その効用を説いていた。一方で四方田は、繰り返して読むことで、それまで読んだときにはなかった異なった姿を見せてくれる、と書いている。さらに彼は、多くを読む必要がなく、いくら一万冊読んだとしても、一度しか読まない人は不幸だ、ということまで記している。

さて、ひとは年を重ね成熟する。さらに長らえると老化という新たな経験が待っている。光陰箭(矢)の如く、時節流るるが如し。古希を過ぎてからというもの、ついこのことわざを口ずさんでしまうほど過ぎ行く時が速い。そのようないまでも、まだまだ興味を惹かれることが多くある。つまりは、知識と経験を広めたい意欲があるのである。また、「時間との戦い」という言葉が現実味を帯びつつあることも加わり、あれこれの書物を手にしている。それはまるで、四方田の言う不幸を重ねているが如くの読書なのである。この私の読み方は、四方田に一刀両断にされるだろうことは明らか。すなわち、私の読書に抱く意欲は、どうも違っているように思う。

そんなある日、読んでいる本に、私はいくつもの付箋を挟むことに思いが至った。付箋の先には、鉛筆で線を引いた文章がある。それは、印象深かった個所の導(しるべ)であり、読み捨てるだけでは惜しいと思ってのことで、いつかは血となり肉となる材料を保存するような意味合いなのである。はて、この私の作法は、読み返しはしないものの、四方田の言う「面白さ」を私も体現しているのではないかしら。何ともはや、「不幸」が一転して、繰り返すことの効用を体現しているではないか、少なくとも形の上では。そこで、改めて四方田の述べている例の個所を、付箋を頼りに読み返してみた。そうしたら、彼にはたくさんの書物があり、そのなかには、装丁が気に入って書棚に置きたいという本もあるようだ。さらに、それらを整理し、最後に百冊ほど、繰り返し読んだ書物を手元に残るようにしたい旨が書かれていた。ふーむ、私とは五十歩百歩ではないかと、妙に共感を覚えたのである。

一度しか読まなかった本は、その一度で満足したことがあれば、読んでも興味を抱かなったこともある。それだけではなく、立花隆も言うように、文章がわからない、あるいはつまらない本に時間を費やすのは人生のむだだと思って切り上げることもしばしばである。

反復して読みたくなるのは、自然の発露だと承知する。また、年を重ねるということは、無遠慮になることでもあり、目下ひとが何と言おうと、私なりの読書を続けたい。一度っきりの著者との出会いも反復することも、残された時間を楽しんだらいい、という結論である。