小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

三重県熊野市 小山医院

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時世の粧い

母の手術

2018年05月23日

このところ、93歳の母のことで時間が割かれた。先日は、請われて横浜に旅をする手伝いをした。2泊3日と余裕を持たせたのに、都合で日を短縮したため、あわただしいクルマでの往復となった。短時日での往復1000キロ運転は、クルマ好きの私でも、さすがにこたえた。高齢の母もかねてより行きたかったという気持ちが勝ったものの、疲れた様子が在り在りであった。

その次は、右手の手術。昨年秋頃より右親指と人差指の自由が利かなくなり、整形外科で手根管症候群とばね指と診断された。どうも、台所でカボチャを切るなど、がんばり過ぎて腱鞘炎を起こしたらしい。こちらは旅のあと手術を受けた。無事に終わって、二本の指の動きが元に戻りつつある。

当日、手術室から病室に戻ったとき、この何か月もの間、動きの悪かった指をわずかながら動かすことが出来たことに驚いていた。これで死ぬまで普通の指でがんばることが出来る、あるいは、死ぬときに普通の指でいられる、というようなことを言っていた。最期まで普通の指でいられることを望むのは、母らしい性格から出た言葉か。母は、うまくいった手術に気分が高揚したのか、色んなことをしゃべった。先に記したことのほか、執刀医への感謝の言葉、まだまだ活動できそうだという前向きなことなどである。いくつかの感情が交錯したなかで、おそらく、指が術後思ったより早く動いたことから、実利を越えて、より良い指をひとに見せたいという気持ちでいるのだろう。

世間では、こうして私が携わったことを親孝行と呼ぶのだろう。しかし、横浜に旅をして母も疲れが癒えぬ手術前の数日、90歳を超えた身で受けることを逡巡していたことに、何の医学的アドバイスも出来なかった。医者の立場での親孝行が出来なかった悔悟の念あり。結果的に、母の英断に依ったからだ。

これからは、カボチャを切ることはやめてもらって、精々ネギを切るくらいの手仕事で済ませるよう願っている。私はというと、後回しにした幾つかの楽しみ事に勤しんでいる。