小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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時世の粧い

若水と祖父

2015年01月01日

元日の朝、凛とした空気を味わっていたところへ、母から若水を取るよう言われた。その言葉の響きに、年の初めのふさわしさを私は感じたのだが、浅学にしてその意味を知らなかった。母に問うたところ、若水は、元日の朝に初めて汲む水のことで、一年の邪気を除く、ということらしい。母はそのことを祖父から教わった、と聞いた。

そんなことがあってから、しばらくして、母が遠い昔に若水を早く取りなさい、と言われている光景を、お屠蘇気分の中でボーっと想像していた。言いつけている祖父の前で、言いつけられた母たち兄弟姉妹がたたずんでいる。

祖父は、私がまだ小さい頃に、しばしば我が家に来てひと時を過ごし、私が成長するにつれ、発する言葉や行動が増えていくこと一つ一つを喜んでくれたようだ。残念ながら、私が小学校1年のときに祖父は亡くなったから、祖父についての記憶はわずかしかない。

そのわずかな記憶の中で、印象に残っているのは、当時は電気釜と呼んでいた炊飯器が我が家にやってきたときのことである。子どもである私だけでなく、祖父も興味があったらしく、仕掛けたら独りでに炊き上がる不思議さを、その前でずっと二人して座って眺めていた。炊き上がったことを知らせる釜の正面にあるスイッチの機械音は、誠に大きかった。

私が小学校に入学し、授業を受けていたときのことである。何気なく廊下に目をやったら、そこに祖父の顔があった。私が祖父に気づいたのは、そのとき一度だけだったが、あとで聞いたら、何度も小学校まで足を運んで、私を見ていてくれたようだ。そんな祖父は、私の枕を好み、昼間にそれを取り出して横になっていた。亡くなったとき、その枕も棺に納めた。

さて、私だけが若水を取るということを知らなかったのかと思い、私の妹にたずねたら、知らないと言っていた。若水を取る、ということは、家に伝わるしきたりのうちの一つなのだろうが、途絶える手前で私の脳裏に刻まれた。

家のしきたりは、大半は親から受け継ぐものだ、と思う。その親は、さらに以前にそのまた親から、と続いてきたのだから、私は祖父や祖母から四分の一ずつを受け継いでいることになる。元日の朝の母の言葉から、その四分の一にあたることの一つを教わった。それは、直接かかわることの少なかった祖父から時空を超えて、お年玉をもらった気分である。

(再掲)