診療の中で
共存すること
2022年06月02日
コロナ禍による行動制限が2年余続き、私の医院でも、診療の体制が様変わりした。当初、感染していると思われる患者さんを2番目の診察室で診察して、患者さんの出入りを、玄関とは別にしていた。そうこうしているうちに、市内でもコロナ感染症が発生し、診察は、建物内ではなく、駐車場で行うようにした。いまは、主に駐車場と別の出入り口との狭い通路で診察を行っている。
私は、小児の感染症定点観測地点として、週ごとにいくつかの感染症を報告している。驚くことに、コロナ禍のなか、インフルエンザを発症する患者さんがいなくなってしまったのである。私の医院だけではなく、三重県全体でも、全国でも、1週間に数名も発症しなくなった。インフルエンザは、毎年国民の大多数がワクチンを接種しているにもかかわらず、発症数はほとんど変わりなく推移し、確か全国で毎年数百万人が罹っていた。それが、このコロナ禍とともに、激減してしまったのである。そして、それは日本だけではなく、海外でも同じようなことがあり、北半球も南半球も激減してしまった。また、インフルエンザに限らず、こどもが罹りやすい第五類感染症も、当院では減ってしまった。
これには、ほとんどの人がマスクをつけて、飛沫を拡散させていないこと、アルコールによる手指消毒していること、そして、人同士の接触をなるべく避けることなどが奏効したのだと推測されている。また、渡航が制限されて、南半球の寒い時期にただでさえ少ないウイルスを持ち込むことが更に少なくなったとも言われている。これらいくつかの要因が重なって、感染する機会が減ったと思われる。それにしても、これほどの変化があるのに、あまり大きな報道がなされていない。いや、私がその情報を得ていないのかも知れないが、とにかく、感染状況、すなわち人と微生物との関係に大きな変動があるのである。
さて、コロナ感染症を蔓延させないよう振る舞って、結果的に多くの感染症を激減させたのだと思う一方で、小児を診てきた経験上、感染する機会が少ないまま成長するこどもたちに危惧を抱いている。それは、こどもは主に風邪にかかることを繰り返しながら、免疫をつけているからである。特に幼稚園や保育所に通うこどもたちは、そうでないこどもたちに比べると、感染の機会が多い。そんな感染をよく繰り返したこどもたちが成人になると、ある種の感染症にかかりにくいという成績があることを聞いている。私事であるが、私がまだ勤務医だった頃、年中風邪を引いていた。久しぶりに電話をくれた知人が、私の鼻声を聞いて、また引いているのか、と言ったくらい繰り返していた。ところが、医院で毎日のように風邪にかかった患者さんを診察しているうちに、私は免疫をつけたようで、とんと風邪症状とは無縁の身体になった。いわゆる「自然のワクチン」を毎日打っているような状態が続いているのだと思う。つまり、こどもも私も、微生物と共存してこその免疫力の強化があるのである。
上述したように、世界中で主にインフルエンザに感染する機会が激減してしまい、これからどのような未来があるのか、想像がつかない。しかし、激減したと思ったら、目下南半球のオーストラリアでインフルエンザが増えているという。このことが、人と微生物との元々の関係に戻るのか、あるいは、新たな感染様式に立ち向かわなければならないのか、私には見当がつかない。無論、生活するうえでマスクを外すことにもなるだろうし、畏れと楽観が混在しているいまである。「自然のワクチン」が減ってからは、どちらかというと、感染に対しての畏れを抱く方が私には強い。しかし、これまでの歴史をひも解くと、幾多の感染症を克服し、淘汰されてきたのであり、コロナ後は新たな共存する世界に入るのかも知れない。
ドヴォルザークが作曲した「新世界」は、アメリカ滞在中にアメリカの精神に触れたことから作られたときく。微生物と共存する私たちに、コロナ後この新たな微生物を前にして、確かな歴史を作る息吹をちょっぴりと感じるこの頃である。