小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

三重県熊野市 小山医院

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診療の中で

正しく恐れる

2020年04月24日

テレビで、バッハ作曲、無伴奏ヴァイオリン・パルティータ第2番を聴いていたときのことである。途中で、ついさっきまで見ていた、新型コロナウイルス感染症のニュースが浮かんできて、そういえば、医師会から医療機関がどのように対応するかの指針が毎日のように届いていることを思い出した。

以上のように記したのは2月のこと。それからの2か月、新型コロナウイルス感染の急な拡大は周知の事実である。多くの専門家が記しているように、数日も経たないうちに、書いたことが古くなってしまうほど病気の蔓延が早い。感染者数は、急激な上昇カーブをえがいて増加している。皆が病気の感染を身近に感じて、恐怖を抱く状態が続いている。そんな中、4月中旬の三重県知事の会見で、患者の家に石が投げ込まれたり、壁に落書きされたりする被害があると発表していた。危機に際して、人間の嫌な面が出た典型的なことである。私は、この危機を抱く感情を和らげるのは、医療者の務めであることは当然のこととして、何とかならないだろうかと考えていた。これは感染症に対して忌み嫌うという感情そのもので、それは、過去にハンセン病に対する差別、今もあるインフルエンザに抱く感情につながるものである。ウイルス、細菌という微生物が相手であり、なかなか正しい知識を得ることができないことも拍車をかけていると思うのである。私は、そんなことを踏まえて、新型コロナウイルス感染症とも関連する肺炎を、その死亡率について改めて調べてみた。そして、新型コロナと比較するために、インフルエンザの動向も併せて、厚生労働省の人口動態統計をみてみた。

肺炎の死亡率は、3位から5位と高い。2018年には94,654人が、その2年前の2016年には119,300人が死亡している。年齢階級別では、60代が人口10万対で21.0、それより高年齢ではさらに高くなり、数字の上では低い若年齢層も含めて、すべての年代にわたって死亡者がいる。また、2018年にインフルエンザで死亡した人は、3325人に上っていて、さらに2019年1月には1か月で1685人が死亡し、一日平均54人が亡くなった計算である。

さて、新型コロナウイルスによる死亡数は、目下300人に達して、感染者数も12,000人を超えた。この死亡数を感染者数で割ると、2.4%となる。一方、例年インフルエンザに罹る人は、1000万人を超えていて、死亡した3325人を感染者数で割ると、0.03%である。また、直接的及び間接的にインフルエンザの流行によって生じた死亡を推計する超過死亡という概念があり、日本では死亡数が1万人と推計されている。超過死亡で計算しても0.1%であり、死亡した割合は、新型コロナのほうが多く、このことが治療薬もないことと相まって、今の恐れにつながっているのではないだろうかと推測する。ただ、インフルエンザで死亡する人が毎日54人いたという事実は、メディアによる報道がないことから、恐れられていない。いや、話題に上っていない。これら、片手落ちのようなこともあって、いまは正しく恐れるのではなく、いわば偏った恐れになっていると思うのである。

件の三重県知事の会見で明らかになった、心ない振る舞いをした人は、肺炎の死亡数やインフルエンザの死亡数を知っているだろうか。もし、この大きな数字を知ったときに、同じ振る舞いをするだろうか。私は、メディアを始めとしたアナウンスの難しさを思う。限られた時間の中で、何もかもを報道できるわけではない。しかし、平時にはおそらくおとなしくて、攻撃性もなさそうな人が、危機に際して憎しみをぶつけてくるというのも、今のメディア環境と関連がないわけではないと思うのである。

2月に聴いたパルティータは、終曲にシャコンヌが用意されている。その巨大さは群を抜いている。もともと低音が鳴らないヴァイオリンであるのに、オーケストラを思わせるように音が拡がり、重なる。長い曲を奏でる演奏家の一所懸命さが伝わる一方で、バッハ自身は泰然自若としているが如くの内容なのである。曲の終わりには冒頭のメロディが再現され、宇宙の下で衆生は輪廻しているということが思い浮かぶ終曲でもある。

バッハの曲は、地球だけではなく宇宙全体を鳥瞰するような気分にさせられる。今の危機を宇宙の中に相対し、診察室で診療にあたりたいと思う。ひいては、憎しみを和らげられることを念じながら。