小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

三重県熊野市 小山医院

三重県熊野市 小山医院

音のこと

リズムの権化

2024年03月03日

遠い昔、学生オーケストラを聴いた。演目の最後はベートーヴェン交響曲第7番。リズムの権化という愛称があるこの曲で、そのリズムを刻むのに、ティンパニの役割が大きい。当時、学生オーケストラでティンパニを担当していた人が、サッカー部にも所属していた。その彼が、サッカーの練習より、この曲を演じる方が体力を消耗するというようなことを言っていた。

確かに譜面を見ると、全曲に渡って出番が多い。特に終楽章は冒頭からff(フォルテシモ)やsf(スフォルツァンド)が多くあり、ほぼ連続して叩き続けるように描かれている。その最終は、何と音符が61小節連続していて、しかも、sfはもちろんのこと、fffに至るまで強い記号が連なる。

ティンパニ奏者の昔のコメントを思い出したのは、晩年の小澤征爾さんが振ったこの曲を聴いていたときのことであった。このような愛称がついたのは、ティンパニだけではなく、リズムがオーケストラ全体から醸し出されるからだ。改めて、身振り手振りを含めた小澤さんの佇まいにぴったりの曲だと思いつつ聴いた。サイトウ・キネン・オーケストラの全員が強く弾く際に、一斉に身体の上体を低くしたり、逆に反り返ったりするような姿勢となる、その「風景」は、他の曲にも増してリズムを際立たせる。

小澤さんは、術後に体力が衰えただけではなく、腰痛も相まって、ほとんど椅子に座って指揮をしていた。それに、別の椅子も指揮台のわきに用意して、楽章の合間にそこに座って休んで、次の楽章に備えるという風であった。それが、第3楽章から終楽章へは休憩せずに演じた。終楽章の怒涛の進行に対して、ほぼ立ったままである。やせ細った体躯、椅子を用意しなければならない体力で如何に演じるのかを心配したものの、それは杞憂に終わった。すなわち、正確なリズム、力強さはもちろんのこと、今回の鑑賞で初めて気づいた、いわゆる「ゆらぎ」まで聴かせてくれたのである。生体にはゆらぎがあり、それが快適さにつながるといわれているが、メトロノームでは刻めないリズムが在った。おそらく、小澤さんは音符に内蔵するであろう自由度を確信的に垣間見たのではないか、と私は考えた。さらに、この第7番は、ゆらぎを表現するのに格好の「材料」なのだと動物的勘が働いた、ということも私は考えた。もちろん、ここに至るまでのリハーサルで、団員一人一人の力量に負ったところが多かったと拝察する。余談ながら、ティンパニ奏者は、体力的に望めばサッカーも出来るのではないかと夢想もした。

それにしても、リズムの権化とゆらぎ、というともすれば相反することの存在を発見、拝聴できた。さいわい、我が家には小澤さんの音源がいくつもある。これから何を発見できるか、追々楽しむことにする。

身過ぎ世過ぎの三十有余年、ひねもす心音を聴取す。生来の音キチなるが故に此は悦びなり。されど、本意はピアノ音、エンジン音ばかりを傍らにと願ふものなり。

小山医院

〒519-4325
三重県熊野市有馬町285-1

TEL.0597-89-2701