音のこと
リヒテル、ラフマニノフ
2013年12月29日
リヒテルが初来日したのが1970年。ピアノ科を目指していた妹から、是非聴こうと誘われて共立講堂に出かけた。その夜は公演の最終日で、シューマンの色とりどりの小品とラフマニノフの前奏曲のうち10曲が演目だった。筆に尽くせぬ演奏が終わり、興奮冷めやらぬまま、気がついたら私は彼が乗って帰る車をめがけて走り、車を囲んだ多くの人たちと、いつまでも手を振り続けていたのだ。
時が移り、私は55歳でピアノを始めた。バッハ、モーツァルト、ベートーベン、ショパンと、何曲かを弾いた。ある日、ふとラフマニノフ前奏曲ト短調作品23-5に思いが寄せられていった。そして、無性に弾いてみたくなった。以来約2年、練習を重ねた。
めくるめくほど多種の和音や指いっぱいに伸ばしても押さえ切れない和音に詰まっているやさしさと男性性。そんな曲を大人になって始めたにも拘らず、2年もがんばり続けられたのは、共立講堂での一夜があったからだと思っている。すでに泉下の客となったリヒテルを偲び、往時を追懐しながら、感動は記憶され得るから歩みを進められるのだ、ということを改めて思った。