小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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音のこと

つうかあの仲の先に

2022年10月05日

先日、往年の名演奏のうちの一つ、ウィルヘルム・バックハウスのピアノ、ハンス・クナッパーツブッシュの指揮で、ベートーヴェンのピアノ協奏曲第4番を聴いた。これは、映像として残されていて、身振りの少ない指揮ぶり、大きな手のバックハウスを目にすることが出来る。弾いているピアノに、ベーゼンドルファーの文字があった。それを見ているうち、古い友人のことを連想した。

私は、バックハウスがベーゼンドルファーを好んでいたことを承知している。いま、ほとんどのピアニストがスタインウェイピアノを弾いているなかで、この姿は、殊更に昔を思い出させてくれる。さて、その演奏である。彼は、音の強弱を強調するわけではないのに、ああ、ここは強く弾いている、ということが音を聴いてわかる。大げさな身振りはなく、静の構えといったらいいだろうか。音楽を創るということは、元来備わっている感覚に、長年培った技術が合わさったことである、と改めてそう記したくなるくらい、音の強弱の大事さを伝えてくれるのである。ほんとうに黙々と音を紡いでいるのに、である。その姿勢に、ベートーヴェンが意図した音楽創りだということも想像する。それに加えて、曲を通して得も言われぬテンポの揺れ動きがあるのである。この揺れは、彼が弾いたモーツァルトにもあり、バックハウス・リズムとでも言ったらいいような、リズムを意識してしまう独特の音楽を味わうことが出来る。これらを表現する手段として、ベーゼンドルファーを選ぶのだろうと、愚考しながら約30分、曲が終わった。

前置きが長くなった。昔、大学の同級生に音楽愛好家がいた。私と音楽の好みが似ていて、同じ曲、同じ演奏家にいつもお互いに惹かれたものである。その彼に、バックハウスがベーゼンドルファーを弾く映像を見た、と伝えたとする。そのひと言で上に記したようなこと、すなわち、バックハウスがベーゼンドルファーを好んでいたこと、音の紡ぎ方、テンポの動きなどをあえて口にしなくても、瞬時にお互いの脳裏に同じことが浮かび、バックハウスはいいねと、感想を簡潔に終えてしまうだろう。そんな彼とのことを、つうかあの仲というのだろう。

思えば、若い頃は多くの時間を割いて聴き続けた。聴いたことについての感想はあるにしても、演奏の良さを分析しなかった。そんな中で、同級生が同じ演奏を好み、あれはよかったね、という感想を聞き、よかった、と呼応して、さらに鑑賞時間を増やす、という具合なのであった。もう少し正確に述べると、たとえば、バックハウスの揺れる動き、ということを口にしたことで、その演奏をなぜ堪能できるかをお互いに察知し、それ以上の言葉は要らないのである。いわば、感性だけで理解していたのだと思う。

このところ、自分の部屋で聴いてメモを取っている。これは、分析もどきのことであって、昔は行わなかった。音楽鑑賞してメモを取るのは、いまの私の習い性のようになってしまった。思えば、若い頃に比べて記憶力が落ちたことで、仕事の上でもよくメモを取るようになった。鑑賞してメモを取ることは、仕事での変わりように倣ったことなのかも知れない。いや、それだけではなく、表現したいという欲も出たように思う。

感性だけで済ませたことを頭の中で整理したり、文字化したりする作業が、加齢のなせる業なのかどうかわからない。このような鑑賞をもう少し続けてみたいと思っているところである。

身過ぎ世過ぎの三十有余年、ひねもす心音を聴取す。生来の音キチなるが故に此は悦びなり。されど、本意はピアノ音、エンジン音ばかりを傍らにと願ふものなり。

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