小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

三重県熊野市 小山医院

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診療の中で

まな板の上の鯉

2026年02月07日

まな板の上の鯉。この言葉は、自らは何もできず、すべてを他人に任せるしかない状態を、鯉にたとえたものである。私は、生まれて初めて全身麻酔にて手術をやってもらった。手術台で、既往歴など色々なことをたずねられていたものの、こころは正に鯉の境地だった。いや、いまになって思うと、そうではない。手術台では、何もできず、ただ指示に従っているだけだけれど、その場から逃げ出そうと思えば逃げ出せた。だから、鯉のように力関係がはっきりとしているわけではない。それだけではない。まな板の上に乗ることを、自らの意思で決めたのであるから、鯉の境地とはちがったものだと、退院を前にして愚考している。

前置きが長くなった。私は、約1年前に上顎洞炎を患った。内服や点滴などで治療を進めていたが、思うように軽快せず、逆に上へ上へと拡がってしまったため、中をきれいにするために手術に踏み切った。手術は、最新のナヴィゲーションなどを駆使して行なってもらった。麻酔から覚めた時、主治医は、「終わりました、予定通りに退院できます」と力強く言ってくださった。手術前の診察のときから多くを言わない主治医。しかし、手術に向かう向かい方に、何とも言えない信頼感があった。

さて、開業医は、往診することがあり、往診で得られる患者さんの情報は大きい。その際には、生活に関するお話は具体的にできるのである。しかし、診察室では、なかなかその方の生活歴が明らかではないので、一般論に終始して話すことが多くなってしまう。たとえば、塩分を控えなさい、と話すが、その方はすでに十分な減塩食にしているときには、釈迦に説法に近いことになってしまう。つまり、塩分の多い生活をしているという現場に遭遇する機会はない。つまり、一般論は、ぴったりと患者さんに即したことではないことは、仕方のないことだ。とはいっても、たとえば環境によって病気は左右されるし、病気を食事など、一方向からだけではなく、開業医は、多言を要して多方から捉えることを伝えてしまう傾向にある。これは、専門医が一つの秀でた知識、技能で仕事することと、同じ医師ながら、ずいぶんと異なる生業である。

それはともかくとして、やっと1年間私を煩わせていた「懸案事項」が、おそらく解決する。この1年、内科を始めとして、いくつかの診療科で相談に乗っていただいた。そのなかで、手術をする専門医も、開業医も世の中にはなくてはならない存在だと、改めて思う。たかが上顎洞炎と思っていたら、症状が多岐にわたった。それをいち早く診断できるような臨床医は、ますます重きが増すと、専門医との出会いから連想した。以上、初めての入院中での記述である。