小山医院 三重県熊野市 内科・小児科

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カルテの裏側

指の感覚 -採血行為とピアノ演奏-

2016年08月27日

診療が終わろうとしていたある日のこと、1歳1ヶ月の子がやって来た。診察のあとの採血、23ゲージという細い針を使って、手の関節部分にわずかしか見えない血管に刺した。この血管は、細い針が太いと思えるくらいに細かったが、幸いにして一度で血液を採ることが出来た。

開業してからは、私の指導の下、採血や点滴はナース任せである。それでも往診の際には、私が注射し、採血するが、日常は全くと言っていいほど、患者さんに針を刺さない。それなのに、小さな子の細い血管に上手く刺すことが出来たのは、よく考えると、特別なことなのかも知れない。そんなことがあった日の夜、ふと、毎日針刺しをしていた新人医師の頃のことを思った。

さて、このところ仕事の余暇に、私はブラームスのラプソディ第2番を弾いている。この曲には、7度の音程がよく出てくる。7度は、聴きようによっては不協和音のようである。それより1度伸びた音程は、8度の1オクターブである。1オクターブは、同じ音であるし、ほとんどの曲でこの音程を弾かせるか、それをもとにした和音を弾かせるため、指が自然に覚えてしまう。それが7度となると、やや短くて指の開き方も若干少なくなるので、弾きながら、まちがいではないかという感覚に捉われる。ラプソディには、片手だけではなく、両手で7度を要求する個所もあり、指がなかなか覚えてくれない。どうも7度の音程は、まちがって弾いているのではないかという恐れを抱いてしまうので、覚えられないようなのだ。

ちょっと指の開き具合が異なるだけで、なかなか覚えられないのは、残念ながら年齢のせいか。しかし、今私は、この7度に果敢に挑戦している。それは、この音程に得も言われぬ響きがあるからだ。そして、その響きを自分のものとしたくて一所懸命なのだ。音符を覚えられないときは、繰り返し練習するほかないとピアニストだった井上直幸さんが記している。目下、反復練習して指に覚え込ませ、響きを楽しんでいる毎日であり、この曲の虜になってしまっている。

ところで、針刺しは、いくら出来ないからと言っても練習するわけには行かない。昔、医師となって最初に針を刺した患者さんのことは、未だに記憶にある。当時指導医から、針を刺すときは、流れている血液を針先から指に感じるようにと教わった。それ以来、私は針刺しの感覚を会得した。しかし、1歳1ヶ月の子どもの採血をしてからというもの、その感覚をどう説明したら良いのか、わからずにいる。一方、7度の音程の弾き方も、反復練習するうちに、指が覚えた。しかし、どう弾いているかについては、動物的感としか言いようがなくて説明できない。

職業柄、理詰めでやってきた私であるが、仕事の中にも余暇を楽しむにも、動物として備わっている説明できない感覚で物事を進めていることが、結構多くあるのではないかと夢想した。